蔵の歴史 OUR STORY

慶応4年から、この地で。

けっして大きな蔵元ではありません。
それでも「本物の地酒」にこだわり続けてきたからこそ、
利守酒造でしか醸すことのできない酒があります。

時代を超えて受け継がれる情熱

慶応4年 (1868年)

吉井川のほとりで創業

岡山県赤磐市西軽部――かつての軽部村で、利守酒造は産声をあげました。温暖な瀬戸内気候、吉井川水系砂川の清流、花崗岩質の砂壌土。この地の風土そのものが、蔵の原点です。

大正〜昭和初期

酒米「雄町」の産地として

軽部は良質な雄町米の産地として名声を博します。「品評会で上位入賞するには雄町で醸した吟醸酒でなければ不可能」とさえ言われた時代でした。

昭和40年代後半

幻の米「雄町」復活への挑戦

機械化優先の農業のなかで栽培面積が6ヘクタールまで落ち込んだ雄町。『良い米で本当の酒を』と決心した四代目・利守忠義が、農家への所得保証というリスクを負って復活に乗り出します。

復活の経緯を詳しく読む

昭和57年 (1982年)

良質米推進協議会が発足

忠義の提案で旧・赤坂町に発足。酒蔵と農家、農協、農業試験所、行政が一体となって雄町米の栽培を推進しました。

昭和59年 (1984年)

銘柄「酒一筋」「赤磐雄町」の評価が確立

「備前の酒一筋・純米大吟醸赤磐雄町」が全国新酒鑑評会で金賞を受賞。以後、数々の賞を重ね、その評価を不動のものとしました。

平成5年 (1993年)

農林大臣賞・岡山県知事賞

良質米推進協議会の取り組みが評価され、受賞に至ります。産地ぐるみで酒米を守るという試みが、公に認められた年でした。

平成6〜7年 (1994〜95年)

備前焼大甕での仕込みに着手

備前焼の名匠・森陶岳氏から容量500リットルの大甕を譲り受け、平成7年1月13日、500年前と同じ甕仕込みへの第一歩を踏み出します。生まれた酒が「酒一筋・天下人」です。

備前焼大甕の仕込みを見る

平成17〜19年 (2005〜07年)

海外での評価

カナダ・ウィスラーのワインフェスティバル「Cornucopia」で3年連続 Top25 に選出。Vancouver Magazine 主催の International Wine Awards でも2年連続 Top100 に選ばれました。

近年

世界の審査会が認めた雄町

インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)SAKE部門でトロフィーを、フランスの日本酒コンクール「Kura Master」でプラチナ賞を受賞。軽部の田から始まる酒が、世界の舞台で評価されています。

受賞歴をすべて見る

現在

次世代へ繋ぐ「雄町」の命

第五代蔵主・利守弘充のもと、自社田での雄町栽培を拡大。「すべての原料米を自社で栽培し、収穫し、酒を醸す蔵」を目指し、国内外を駆け回っています。

職人たちの言葉を読む

歴代の蔵主が語ってきたこと

手間がかかってもいい。地元の米で、地元の水で、地元の土で作った備前の焼き物で、 私は本物の地酒を造りたかったのです。

第四代蔵主 利守 忠義

目指すは、ワインの世界における第一級のシャトーのように、 すべての原料米を自社で栽培し、収穫、そして酒を醸す蔵です。 たとえ、道のりは長くても、そして険しくても。

第五代蔵主 利守 弘充

お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。